ズームというのは,遠くのものを「大きく写す」,という意味でのズームでは決してない
ということだ.カメラの世界ではこれを「望遠」という.反対語は「広角」.「ズーム」は別の概念.なので,「遠くまで写せて,すごいズームですね」というのは,「データをいくらでも保存できて,すごいCPUですね」と同じくらい変な指摘なのだ.もちろん,同じ世代ならHDD容量とCPUの速度に正の相関があるくらいには納得できる(高倍率ズームなら超望遠である可能性が高い).
では肝心のズームとはなにか.ズームとは,1つのレンズで異なる大きさに写せるレンズのことだ.反意語は単焦点.つまり,自分が動かなくても大きさを変えられるということだ.なので,たとえば大きく写せる単焦点も,小さく写るズームもある.
さて,次の誤解.誤解というか勘違いだが.上の説明で,大きく写せると書いたがこれは正確ではない.なぜなら,そもそも近づけばどんなレンズでも大きく写せるからだ.正確には,狭い範囲だけを写すレンズ,というのが正しい.狭い範囲だけを同じサイズに引き延ばせば,当然拡大される.そういう仕組みだ.この範囲のことを画角という,がふつうかかれていない.これは,焦点距離とセンサーのサイズで決まる.センサーサイズはふつう固定なので,焦点距離で判断する.なので,○○mmとかかれているのだ.しかし,この説明はなかなか納得してくれない.だって大きく写るじゃないか.では,何を基準にして何倍大きいというのだろう.先ほど書いたとおり,そもそも近づけば大きくなるのに何を基準にするんだろうか.昨日,これに関してよい説明を見つけた.
倍率って何なの?
(略)例えば35mm一眼レフだと焦点距離50mmレンズの倍率がおおむね肉眼と等しい1倍とされている。焦点距離が4倍の200mmレンズなら倍率も4倍、500mmだと10倍と考えることができるわけだ。(略)
これはわかりやすい.肉眼に比べて何倍くらいに見えるか,という指標を見るなら,スペック表の望遠側(○○mmとかいてあるなかの数値の大きい方)の数字を50で割ろう.これが,きっとあなたの求めている「倍率」だ.
では,光学30倍ズーム,とかいってる30倍ってなんなの? これは先ほど書いた,「肉眼と比べた倍率」のことではない.これは,ズームレンズの広角側と望遠側の比のことだ.たとえば,25-300mmのズームレンズは,12倍ズームだ.ここで注意しよう.これは,肉眼の12倍のことではない.広角側が25mmなので,肉眼の1/2倍,そして望遠側が300mmなので肉眼の6倍.この差が12倍と言っているのだ.
意外と驚かれた実例を見てみよう.
ソニー、30倍ズームの「サイバーショットDSC-HX100V」を国内発表
ニコン、広角端22.5mmからの光学36倍ズームレンズ搭載機
タイトルの情報だけでは望遠の能力,つまり肉眼の何倍かはわからない.スペック表を見てみよう.前者は27-810mm,後者は22.5-810mm.最大で肉眼の何倍に写るか,という点で両者は同じである.繰り返す,30倍ズームと36倍ズームだが,見える大きさの最大は同じだ.どこに違いがあるかというと,広角側だ.これはどれくらい小さく写せるか,言葉を換えるとどれくらい広い範囲を写せるかだ.飲み会の会場のような狭い空間で複数人を撮るときなどに威力を発揮する.この点でニコンに軍配が上がっているということだ.
最後の誤解.光学ズームは画像の劣化がない.ウソだ.レンズはもちろん高校物理で習ったスネルの法則を利用している.しかし,あのとき習った理想的なレンズというのは世の中に存在できない.なぜか.簡単な話だ.波長によって屈折率が違うからだ(他にも理由があるかもしれないが,これが一番簡単に説明できる).波長によって光の進み方が違うのに,どうして1点で交わるというのだ.たとえば今お使いのめがねの端の方を見てみよう.黒い物体と白い物体の境界に赤か青の線が見えないだろうか.
聞きかじった程度の知識だが,レンズ設計とはこれがいい塩梅になるように屈折率や焦点距離の異なるレンズを複数組み合わせて妥協点を見つけることだ.昔は職人芸だったらしいが,今では計算機で行う.ズームレンズはこれがさらに難しい.あらゆる焦点距離でそこそこいい感じにしないと行けないからだ.ズーム倍率が大きくなれば大きくなるほど難しくなる.なので,倍率の高いカメラを買った割に画質があがった気がしなかったとしてもお門違いというわけだ.高倍率ズームは画質ではなく便利さを買っているのだ.交換無しで(コンデジの時点でできないが・・・),あらゆる焦点距離を使えるというのはフットワークの軽さを高めてくれる.
ところで,先ほど書いたとおり50mmが標準と言われるのだが,ふつうのコンデジはこれよりも広角がデフォルトになっていることが多いと思う.なぜか.これは,私の予想だが広角の方が失敗が少ないからだ.典型的な失敗は2つ.一つは手ぶれ,もう一つはピンぼけ.広角はどちらも起こりにくい.広角というのは,画角が広い.なので,たとえば10度の望遠レンズを使って1度分手ぶれしたら,10%もぶれていることになるのだが,100度の広角なら1%くらいだ.さらに,広角の方が広い範囲から光を集めるので,シャッタースピードが速い.速いと言うことはぶれる時間も少ない.ピンぼけに関しては,望遠の方がピントの合っている領域(被写界深度)が狭い.広角の方がひろい.ということは,広角ならだいたいピントがあう.そんなわけで,巷では広角写真があふれかえっていて,中望遠くらいが好きな私としては若干うんざり気味なのである.
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